オーディオに携わる方、職人の方にインタビューする企画です。第10回は、鳥取の鐵工所 松田安鐵工代表の 松田 安弘 氏。「隣の部屋で誰かがかけた音楽を偶然耳にするのがいい」そうです。
『レコード芸術が大好き』
―個人のお客様向けに鉄製品を作られていると伺いましたが?
鳥取県のそれぞれの会社の特徴を活かしたモノづくりを、工業用じゃなく家庭用として発信しようという取組みがあり、県出身の著名な工業デザイナーが中心となって作ったものです。デザイナーさんの意図通りに製造するのが難しく、製品化に至らなかった企画もあったようです。
弊社も鋳物にマットな感じの塗装をするのが難しくて苦労しましたが、努力の末、鋳物のインテリア雑貨を作りました。
私としては鋳物製スピーカーキャビネットを作りたかったのですが、重量ひとつが150kgにもなり、周りの反対もあり、あきらめました。
昔のアメリカの劇場にあった感じのスピーカーを作りたかったのです。鋳鉄は音響製品に非常に向いていることを知っていますのでね。昔は重たい金属でスピーカーを作るという時代があったんですが、今では木製が主流になりました。
―JICOをご存知だとお伺いしましたが?
知人から聞いていて素晴らしい、いい仕事をされている会社だと10年以上前から聞いていました。レコードが大好きなものですから最近レコードが復活していてとても嬉しいです。私は実音じゃなくてレコード音が好きなんです。
『隣の部屋から聴こえるレコード』
―レコードの音がお好きとは?
生演奏(ライブ)の音が苦手なんです。周囲は騒音、雑音だらけだし奏者がミスるしで体に悪い(笑)。レコード芸術というのが好きなんです。カセットテープも好きですね。トロッと甘みのある音でね。
―アナログの音がお好きということですね。
そうですね。CDだと情報を「聞いている」感じです。レコード芸術というのは精神性を「聴いている」気がします。だけどレコードをオーディオセットの前で聞くのは好きじゃないんです。部屋で鳴らしているのを隣の部屋で聴くというのが一番好きです。
全て松田安鐵工で製作された商品。左からセロハンテープカッター、お香立て、香炉
―それは、どういうことですか?
自分でかけているのじゃなく、誰かがかけているのが偶然聞こえてくる位の距離感が心地よいのです(笑)
―音楽への道を断念されて家業を継承されたと伺いましたが?
いやいや、そんなに深刻なものではないんです。あるレコードを初めて聞いた時に「こんな神業があるんだな。(自分では)出来ないな」と思いました。中学生の時に出会った戦時中のフランスの音楽なんですけどね。本当にびっくりしました。音楽(で食べていくの)があまりにも険しい山だと実感しましたね。
―どのようにびっくりされたのですか?
戦時中の音なので音色ではないですよ。テクニックです。あまりにもテクニックが凄いのです。しかもジプシーのギタリストで火傷を負っていて左手が二本指なんですよ。それなのにリズムタイトで隙がない演奏なんです。元々は*渡辺貞夫先生を尊敬していまして、まだ現役でライブをされていて凄いと思います。小学生の時に鳥取市民会館でのコンサートへ行ってから尊敬してやみません。最近では、90歳になられる**北村英治さんがものすごい演奏をされるんですよ。今の北村英治さんはベニー・グッドマンよりいい演奏をされると思いますよ。本当に美しい音です。
―ジャズを中心にお聴きになられているのですか?
そうですね。でもやっぱり世代ってこともあり、ビートルズを聴いてしまいますね。一音でもビートルズだと判るような、なんとも言えないあの***リッケンバッカーのバカみたいに軽いギター音と男性コーラスとは思えないユニゾンのような、三人の声が混ざり合っていてね。録音技術が良いのかなぁ。当時はあの録音芸術が最先端だと思っていました。全くの生の演奏ではないですよね。録音してからイコライジングして出来上がった音なのでね。それが僕は録音芸術だと思っています。だから生演奏が苦手なんですよ。生演奏というのは演奏を聴いているということだから、演奏者の思いに付きあわざるをえないでしょう。やっぱりレコードを隣の部屋で聴くっていうのがいいね(笑)。
―漏れ聞こえてくるのがいいのですね。
そうです。ホントにそういう感じ。あとね、ラジオから聞こえてくる温かみっていうのも好きですね。リクエストしていないのに偶然好きな曲がかかるっていう幸運感がたまらなく好きです。それも隣の部屋から聞こえてくる感じね。
―どうしても隣の部屋からなのですね(笑)。
皆さんには理解されないんですよね。なんのこっちゃってね(笑)。
―レコードに出会われた頃のお話をお聞かせください。
僕らの世代はみんな音楽が好きなんですよ。小学生の頃の歌謡曲を聴いたりしている時のジャズフレーバーのする音楽。たとえば****伊東ゆかり、*****園まりの音楽を聴いて育ってきました。最終的に******ザ・ピーナッツに出会うんですね。世界にこれしかないというハーモニーを聞き、音楽に対して妙な感情が湧くものだと知ったのです。小学生ですから人生のなんたるかも知らないですよね。ただその音楽を聴くことで悲しみや喜びとを味わうことが出来ると子供ながらに感じたんです。それから音楽の楽しさを知りました。
『力みのない洒脱な感じ』
自分が生まれる前のものが大好きです。特に室町時代の頃。室町時代って趣味が渋いでしょ。現代の人間に比べたら大人ですよね。人間は後退していると思いますよ、特に美意識は。日本の芸術ってダビンチ的なアートじゃないですから、職人的なもので、自分を抑えた感じで良い風合いが出ていると思うのです。
―悲哀というか侘び寂びな感じがお好きなのですか?
そうです。侘び寂びですね。音楽に対してもそういう気持ちが有ったのかもしれません。ビートルズの曲の中でもジョン・レノンの力みのない洒脱な感じか好きです。彼はきっと鼻歌みたいにして作ったんじゃないかと思います。そうじゃないとあんな曲は作れないですよ。それに比べ、ポール・マッカートニーは力んで作ったに違いありません。あれだけ長い曲を作る人ですし、天才ですよね。ポールみたいにあんな長いメロディーを書ける人はいない。ワンフレーズ無駄なく隙なく綺麗なメロディーです。
『機械と音楽と自分と』
―ここまでお伺いしていて、とても繊細でいらっしゃると感じたのですが、それがお仕事に通ずるのでしょうか?
工作機械を使って削る作業は楽器演奏に近いと思っています。削る音なんかもそうですが、製品完成のゴールに向かって、いろんな方法や色んな道があります。どの道を選ぶかというのが「自分のテイスト」なんですよ。音楽も同じです。「機械VS自分、音楽VS自分」、似ていると思います。やはりレコード芸術っていうのは楽器演奏だと本当にそう思います。
―ところで、社名の「松田安」というのは?
代々屋号のように松田安なんとかという名前を皆つけていました。私の倅にも松田安を付けたのですが、倅は自分に息子が出来ても付けないと言ってます(笑)
―ご創業はいつですか?
曾祖父が創業し、今年で122年です。しかし曾祖父が早くに亡くなり、祖父は鍛冶屋へ丁稚奉公に行って一年ぐらいで覚えて跡を継いだ様です。
―お気に入りの一枚を教えてください。
ジャンゴ・ラインハルトの「Django Reinhardt」です。中学生の頃に聴いたこの演奏に、衝撃を受けました。
―あなたにとって、アナログレコードとは?