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「リード線で本当に音は変わるのか?」アナログレコードを愛する人々 第9回

アナログレコードを聞くための機材を製作されている方にインタビューする企画です。第9回は、シェルリード専門工房 KS-Remasta 工房責任者 柄沢 伸吾 氏。シェルリードの製作に用いる「刃物の切れ味で音が変わる」そうです。 『輸入盤屋さんの匂いが心地よかった』 ―マライア・キャリーのレコードが沢山ありますね。 そうですね。ほとんどあると思います。 ―それに、ものすごい数のカートリッジを大切にケースに収納されてますね。 財産になりますかね。(笑) このケースは、もともとミニカー用なんです。色々とサイズがあるのですが、蓋を閉めても中でヘッドシェルが暴れないものが良いです。 ―レコードに興味を持たれたのは? 初めて買ったEPレコードは、山口百恵さんの「プレイバックパート2」です。小学生の時に買いました。LPは甲斐バンドの「甲斐バンドストーリー」。中学二年生ぐらいから洋楽を聴きはじめ、高校生になると輸入盤を買うようになりました。特に輸入盤屋さんの匂いが、なんとも言えなく心地よかったです。 あの匂いはなんて説明したらいいのか。輸入盤だから勝手に外国の匂いと思い込んでいたんだと思います。今でもするのかな、あの匂い。 『改めてレコードの音の良さにビックリ』 当時はレコードよりCDが高かったんです。たぶんCDの方が音がいいんだろうなと思いながらレコードを我慢して聴いていた時期もありました。30歳ぐらいの時に改めてCDとレコードでマライア・キャリーを聴き比べると、レコードの方が圧倒的に艶やかで、ダイナミックで、空間を満たす感じが見事でした。 ―シェルリード線を作ろうとされた経緯についてお聞かせください。 社会に出てカートリッジを買えるようになった頃、欲しいと思っていたカートリッジが製造中止になったんです。それをきっかけに「今買っておかなくてはなくなってしまう」と思いました。30個ぐらい買った時に「このカートリッジたちの音を素直に出してくれるリード線がほしい」となったんです。 リード線もお手頃の物が手に入らなくなり、「メーカー付属のリード線でちゃんと音が出ているのだろうか?」と疑問を抱きました。1,000円程度で市販されているものは、特徴的で明るい音でしたが「素の音じゃない」と感じていました。そのうち海外製で4,000円の物が発売されました。だいたいカートリッジを買うときはヘッドシェルまで買うじゃないですか、ヘッドシェルまでは買えてもリード線までなかなか買えなかったんです。発売されたその海外製のリード線で聴くとすごく上品できれいな音がしました。 やはりこういうので揃えたいと思ったのですが、30個あるカートリッジすべてを揃えるのは、ちょっと大変だなと思い、何度もハンダ付けを失敗しながら自作したのがきっかけです。 『ハッとする時とそうでもない時』 ―その当時は電気の知識やハンダ付けの技術をお持ちだったのですか? 全くといっていいほどありませんでした。だから最初は上手くいきませんでした。そんな時にスピーカー自作のサークルでスピーカーターミナルのところをハンダ付けしている工程を見たんです。オーディオ中古店で手際よくハンダ付けをしているのも見ました。とにかく、真似をするしかないと続けていると少し形になったんです。その頃シェルリード線についてアドバイスしてくれる方に出会いました。その方との出会いによって、今の基礎を築くことができました。 少しずつお客さんにも知られるようになりました。オーディオ誌にも取り上げられ、とても良い評価を頂きました。それで屋号を「KS-Remasta」として立ち上げました。高評価を得た製品はヴィンテージワイヤーを使用した製品でした。ヴィンテージワイヤーをハンダ付けするとき、エナメルを刃物で剥がす工程があります。素材を厳選していたことはもちろんですが、この工程を丁寧に行っていたことが、高音質に結びついていたんだと思います。 ―丁寧っていうのは、どの位の差なんですか? 良く切れる刃物でエナメルを念入りに少しずつ剥がすということです。別に丁寧にしなくてもハンダもつくし、音も出るのですが、仕上がりが気に入らなかったのです。でも今思えば丁寧に行っていたからこそ僕のリード線は音が良いと評判になったんだと思います。ある時、その刃物をデザインナイフから医療用メスに変えてみました。最高級のリード線というのは、とても細く、髪の毛ぐらいしか太さがないんです。このモデルのリード線は糸で被覆してあり、その上のエナメルを剥がすのですが、医療用メスに変えると、とても音が良くなったとユーザー様から言われたんです。 なんで良くなったのか、その時は自分でもよく分かりませんでした。別のコーチからある時「ハッとするぐらい良い時と、そうでもない時がある」と言われました。その時は、フラッグシップモデル・Legendを完成させたかったのでバラツキがあってはならないと思っていたんです。そして「刃物の切れ味で音に変化が生じる」と閃きました。 『安来鋼、安来白一鋼にたどり着く』 調べてみると、錆びる鋼、「*安来鋼」の刃物が切れ味に優れていることがわかりました。その中でも日本刀に使われる玉鋼に一番近いとされる「安来白一鋼」にたどり着きました。これを探すのが大変だったんですが、ネットオークションで刃物のカテゴリーではなく骨董品で売ってるのを見つけたんです(笑) 『ハンダがのるスピードが速い』 この白一のメスに変えてからハンダののるスピードが格段に上がりました。良いハンダ付ではハンダの「のりがいい」という表現を使いますがさらに先の感覚です。導体の表面をハンダが「ぴゃーっ」とストレスなくハイスピードに滑って行くんです。この感覚は導体の表面を鏡面加工を施したStageシリーズで覚えがありました。ここまで導体の鏡面加工精度を上げているのは、未だ耳にしたことがありませんので、他に経験された方はいないのではないでしょうか? 元々はエナメルを残しのないように剥ぐ目的でやっていたはずが、導体を(新品状態より)きれいに磨き上げていくという役割に変わっていったのです。その効果はピュアで澄み切った純度の高いサウンドとして現れました。さらに鋼の探求を続け現在は他の鋼(KS-Remasta No.4)を採用し、それを研ぐ砥石、工程も研鑽を続けています。余談ですが「鏡面加工精度をあげた導体**」って、手袋して触ってもドキッとするほど「しっとり」した感じなんです。 ―結局、レコードを聴いた時に、聴こえなかった音が聴こえるってことですか? もちろんそれもありますが間接音、雰囲気、気配といった言葉で表現しにくい微細な成分が豊富に浮き上がってきます。導体を研ぎ澄まし磨きあげていくというのは限りなく微小な信号を通過させるのに極めて有効な技術と確信しています。逆に言えば凸凹の導体では微小信号が迷子になって通過しにくいと推測します。私にとってアナログの最大の魅力は限りなく微細なことをどこまでも「無かったことにしない」ってことです。カートリッジがリード線の加工精度を上げると、どんどん良くなっていくんです。愛機(カートリッジ)は、それだけ音を拾っているということなんです。そして磨けば磨くほど、なんか面白い事になるんです。これからも「これ以上できない」ってものを作り続けたいです。 ―あなたにとってアナログレコードとは何ですか? https://youtu.be/IiKTHBWe60o * 雲伯国境地域「現・島根県/鳥取県境」における直接製鋼法で出来た鋼の総称。古来の正統的和鋼として、同地方の奥出雲町では年に数回の古来の「たたら吹き」製法により玉鋼がつくられ日本刀の原料として全国の刀匠に配布されている。 **KS-Remasta ではヴィンテージワイヤーを使ったVWSシリーズの他、導体の表面を手作業による鏡面加工を施したStage シリーズがラインナップされている。 VWSシリーズで導体の表面を刃物で磨き上げるのはハンダ付けするわずか2mm弱の部分。 インタビュー後記取材当日、バス停までわざわざ迎えに来ていただいたうえに、思いがけず"絶品牛すじカレー"をご馳走になりました。隠し味に牛骨テールを細かく砕いて入れているとか。きめ細やかなお心遣いと"ひとひねり"がそのままモノづくりに反映されており、手持ちのカートリッジに柄沢さんのリード線をつけて聴いたところ、上品な音に変わったと実感しました。 柄沢伸吾(からさわ・しんご)1966年12月生まれ東京都立小石川工業高校 電気科 卒業電気工事店 就職2012年1月に、シェルリード専門工房 KS-Remasta(ケーエス・リマスタ)を開業 シェルリード専門工房KS-Remasta ホームページhttp://www.ks-shell-lead.biz/シェルリード専門工房KS-Remasta ハイエンドシェルリード専門ネットショップhttps://ks-remasta.welf.biz/Twitterhttps://twitter.com/KsRemasta...

アナログレコードを愛する人々第8回 PLATANUS フォノカートリッジデザイナー 助廣 哲也 氏

第8回は、自身のオリジナルブランド「PLATANUS」でフォノカートリッジデザイナーをされている助廣哲也氏へのインタビューです。音楽を聴く際には「オーディオ機器を感じたくない」とのことです。 『父にもらったアナログプレーヤーで』 ―アナログレコードに興味を持たれたのはいつ頃でしょうか? 興味を持ったのは、、子供の頃はまだギリギリアナログレコードが普及している状況だったので、家に(レコードが)あったり姉が貸レコードを借りてきたりしていました。9つ上の姉がおりまして。小5ぐらいになって父にアナログプレーヤー一式をもらいまして、その頃からですね。 ―初めてご自身で買われたレコードは? 荒井由実の1stアルバムですね。フリマのようなところで買いました。 ―DJもされていたって本当ですか? 本当に昔、若い頃にやっていました。渋谷の宇田川にたくさんレコード屋さんがあった頃はよく友人とレコードを買いに行ったりしていました。 ―レコードをどれぐらいの頻度で聴かれていますか? うーん。3日に1度は製品の試験も兼ねて。 ―一回にどれくらい聴きますか? どれくらい聴いているんだろう。何時間も聴きますね。何個もまとめて試験するので。 ―仕事できくレコードとプライベートできくレコードでどのような違いがありますか? プライベートですと一日中聴いていますね。半分仕事の頭で聴いてるところもありますけどね。境目がないので。何かしながらは聴きません。ずっとスピーカーの前で聴いています。何かしながらの時間はレコードを聴く時間には入れていません。 ―聴くときは聴く!と決められているのですね。でも、疲れませんか? 疲れます(笑)。 ―プライベートで聴かれるレコードはどんなジャンルがありますか? なんでも聴くんですけれど…古いジャズも聴きますし…あまり新しいものはないので。POPSも聴きますし。クラシックもありますし、いろいろですね。製品開発の時はどんなジャンルも聴きますね。 ―製品開発試験で聴くのに必ず外せないジャンルなどはありますか? ジャンルというか、曲のこの部分がどういう風になって欲しい、みたいなのがあるので。そういうのの聴き分けがしやすいものを自然と聴いていますね。仕事では。 ―レコードは何枚ぐらいお持ちですか? ここ(自宅)には本当に少ししかないんですけど。何枚あるんだろう。実家にほとんどおいているので。数えたこともありません。万はないと思いますけど、千はあると思いますね。 ―レコードはどこで買うんですか? レコード屋さんですね。あとはハードオフとか。ネットでも買いますね。 『何が求められているのかを研究』 ―お仕事の内容についてお聞かせください。 フォノカートリッジやトーンアームの製造、設計が主です。 ―トーンアームの設計ってどこから考えるのでしょうか。例えば形から入るのか性能から入るのかどちらでしょうか。 性能の方ですかね。 ―カートリッジ開発は趣味で始められたんですか? カートリッジのパーツを製作する会社にいたので部品は作っていましたが、製品にまではしていませんでした。最終的にどういう使われ方をするのか知っておかないといけないなと思いまして、僕は勝手に色々設計したり実験したりしていました。言われたことをしているだけじゃトンチンカンなことをしてしまっても気づけないなと。何が求められるのか、部品の精度とかクオリティーとか。そういうのが気になりだしてそのあたりから自分で研究し始めましたね。 ―ご苦労話を教えてください。 苦労話は、、お金がかかる(笑)。部品が高いですね。数が出るものじゃないので、削り出しで作ったり。なので在庫がはけるまではドキドキですよね。個人ですから。 ―プラタナスファンの方もいらっしゃると思うのですが、助廣さんが出されたカートリッジなどは問答無用で全部買う、みたいな方もいらっしゃいますか? いらっしゃるのかどうか…(笑)。 工房の様子。細かい部分も綺麗に整頓されており助廣氏の人柄が窺える。 ―完全フルオーダーメイドを作って欲しいというような要望はあるのですか? そうですね。滅多にいないですけども。海外のお客様はそういう方いらっしゃいますね。 ―部品とかも一個から発注になりますよね。そうなるとお値段がすごいことになりませんか? そういう方は値段は気にしないみたいです。いくらかかってもいいから誰も持っていないものが欲しいという方はいらっしゃいますので。 ―今までで作られてきたカートリッジはいくつくらいあるのですか? プラタナスで出したカートリッジは2つしかないですけど。設計だけとか製造だけ担当したものを入れるとかなりありますね。 ―一年間でどれくらいの数のカートリッジを発売されるのか決めておられますか? 特に決めていないですね。自分の名前で出すものに関しては。あまり商売っ気がないと言われるんですが。 ―お仕事が重なって忙しいシーズンもあるんですか? 大変なシーズンはありますね。だいたいオーディオショウの前なんかは、部品がギリギリになったりするので。ミュンヘンのショウだったり、アメリカのショウだったり。 ―そういう時は寝ずにやったりもするんですか? それをやってしまうととクオリティーに問題が出る場合があるので寝ます、ちゃんと(笑)。普段から詰め込まないようにしているので、忙しいときにちょうど良くなるくらいにしないと、焦ってやって失敗すると、お金が…途端に…(笑)。 『オーディオ機器に存在を消してもらいたい』 ―ところでMCカートリッジのマーケットってどんな感じでしょうか。 アメリカが大きいとは聞いています。アジアは最近伸びていますね。(アジアは)レコードで音楽を聴くことも普及してなかったので、最近になって趣味のオーディオが出てきたときに、逆に今アナログが新しいメディアのような扱いを受けていると聞いたことがあります。 ―そうなると若い方の方が多いのでしょうか。 そうですね。お金を持っている若い方が多いので。 ―日本とは逆のような感じがしますね。 日本は40年くらい前のオーディオブームの頃に若かった人が、お年を召されて、ちょっとお金に余裕が出てきて、アナログ回帰現象が起きていますね。 ―カートリッジを設計されるときに、こんな特徴を持たせようというようなことを意識されて開発されるんですか? プラタナスに関していえば、僕の趣味を反映しているようなところがあります。オーディオ機器を楽しむというよりはオーディオ機器に存在を消してもらいたい願望があるので、そっちの方向ですかね。 前職の退職金がわりにもらったというトーンアーム。 ―オーディオ機器に存在を消してもらいたいとはどういう意味ですか? オーディオで音楽を聴いているな、というのが好きな方もいらっしゃると思うのですが、そうではなく、音楽と対峙したいのです。僕はあまりオーディオ機器を感じたくないのです。趣味、スタイルは様々あると思うんですが、僕は基本そうなんです。 ―開発製造のポリシーみたいなものはありますか? ありきたりなんですけど、ユーザー目線ですかね。最終的に買って使ってくださる方のことを一番考えています。その値段でこのクオリティで自分は買うか、と。安いものでも24万とかするわけで、、MacBookとか買えちゃうんですよ(笑)。MacBook買わないでレコード針に24万出すってのは、すごいことだと思うんですよ。そのクオリティがあるかどうかはいつも考えています。高そうにして高くすれば売れるから売るっていうことじゃないんですよ。 ―PLATANUSの名前の由来は? 元々の住まいの最寄駅がすずかけ台という名前だったんですよ。スズカケノキの木はプラタナスの木なんですね。独立した時に屋号を決めていなかったので、領収書を切る時に、助廣で、って言っても通じないんですよ(笑)。めんどうくさいなと思って、プラタナスにしとこうと思ってとりあえず決めたものがブランド名になりました。 『"もの"としての魅力』 ―今世界的にアナログブームがきていますが、この流れについてどう思われますか? うーん。そうですね。あんまりその影響を感じたことがないんですけど。データだけで音楽のやりとりができる時代になって、あえてアナログに注目が集まるというのは、"もの"としての魅力を感じているんだろうなと。データの入れ物としてみた場合には絶対デジタルの方が優秀なので、そこじゃないんだろうなと思っています。ジャケットもこんなデカイですし。手にできますからね。そういうところが注目されているのかなと思ってみています。 ―今後の流れはどのようになっていけば良いなと思っておられますか? アナログレコード自体は全くなくなることはないと思っているので、趣味のものとしてしぶとく残ってもらえたらいいなと。すでにそのようになっていると思うんですけど、より多くの人に楽しんでもらえるといいなと思っています。 ―最後に、あなたにとってのアナログレコードとは? https://youtu.be/nU1PGXKaZ6k インタビュー後記閑静な住宅街の一角にあるシンプルかつおしゃれなご自宅兼工房は、まるでアトリエのようでした。インタビュー後、PLATANUSのカートリッジで荒井由実さんの「ひこうき雲」を聴かせていただくと、「ユーミンはサ行が歪みやすいので検査用レコードにもってこいなんです」と、真剣な表情で聴く姿にオリジナルMCカートリッジへの情熱と、とことんユーザー目線に拘られる姿勢を感じました。 助廣哲也(すけひろ・てつや)1979年 東京生まれ。幼少の頃より機械の仕組みや音にまつわることに興味を持ち、楽器作りやフィールドレコーディングに夢中な少年時代を過ごす。中学在学時にバンド活動を始めると、関心の幅は音だけでなく音楽にまで広がる。高専で電気工学を学んだのち、2002年よりハイエンドオーディオ機器の受託製造会社に勤務。トーンアームやフォノカートリッジの設計製造に携わる。2012年に独立し、PLATANUSを設立。PLATANUS:http://platanus.tokyo...

アナログレコードを愛する人々第6回 音楽之友社 「stereo」編集長 吉野 俊介 氏

第6回は、オーディオ誌「stereo」の若き編集長として活躍されている吉野編集長にインタビュー。ロックを愛してやまないという同氏。お小遣いは全てレコードに費やすそうです。 『ロックが子守歌でした』 ―早速ですが、吉野編集長にとってレコードとの関わりはいつ頃からですか? 喋れるようになる前です。物心がつくかつかないかの頃には、父が聞いていたレコードが家の中でずっと流れていました。50年代~70年代のジャズとロックが中心でした(笑)。 ―その後、音楽の嗜好は年齢と共に変化しませんでしたか? 僕にとってロックは子守歌みたいなもんだったんで。様々なジャンルを聴きますが、根幹にあるのはアメリカンロックです。 『自由な環境で好き放題やらせて貰っています』 ―編集長になられたのはいつ頃ですか? 昨年です。10年間ずっと「stereo」編集部にいまして、そのまま編集長になりました。 ―編集チームはピラミッド構造の組織ですか? 雑誌って4、5人くらいで作っているんです。それぞれが一人で取材しまくって。だから編集長とそれ以外の編集者といった組織です。この業界は歴史が長いので、筆者も編集者もみんな自分より年上の方ばかりです。 ―「stereo」誌に決められたカラーというか方向性みたいなものがあるとして、編集長になられて少し自分色を出したいといった自由度は許されているのですか? うちの会社って基本的にクラッシックの専門出版社なんで(僕は一切聴きませんが。笑)、オーディオ専門の人が少ないんです。オーディオ記事については、アンプがどうのこうのといった(オーディオ色の強い)マニアックな企画も通りやすく、自由な環境で好き放題やらせて貰っています。 『オーディオと音楽を繋げたい』 ―では雑誌の切り口を変えられたのですか? 従来のオーディオ雑誌のやり方として、オーディオ評論家によるオーディオ製品の評価記事を掲載するというのが中心でしたが、このご時世、そんなに何台も高級なオーディオを買い替えることってできないじゃないですか。なので、もっとユーザーの視点に立って、たとえば一般のマニアの人たちの家に行って、その人たちがどんな事をやっているのかというのを取材し、生活感あふれるリアルな部分で、音楽とオーディオの接し方みたいなものを重視して取り上げるようにしています。なので一般の方々を積極的に取り上げる様にしましたし、「音楽マニアだけどオーディオはそこまで」というライターやミュージシャンなどにも、オーディオを通して、録音と再生のクオリティを体験してもらうというようなことをこれからもしていきたいです。オーディオ評論ももちろんデータとして重要ですが、試聴室での厳密な比較だけではなく、生活空間というリアルな部分を出していきたいんです。音楽とオーディオって切っても切り離せないものだと思っているんですが、それがいつの間にか切り離されて、オーディオマニアと音楽マニアに線引きがあるみたいな。その両者をもう一度繋げたいんです。それしかないです。 ―オーディオマニアと音楽マニアという分け方をされましたが、男女というのはどうですか? 読者は99.9%男性です。だからまずは「奥さんと一緒にやろう」みたいな流れにしていきたいです。(オーディオは)男の密室の世界ですから。それを「リビングで一緒に聞こうぜ」にしたいんです。試聴室でじっくり聞くのも好きなんですが、そうじゃなくてもっと生活空間の一部にしたいんです。 音楽之友社のすぐそばにある、時間帯によって標識の方向が変わる珍しい交差点。 『朝起きたらまずレコードをかけます』 ―プライベートでのレコードとの関わり方はどんな感じなのですか? 朝起きたら先ずレコードをかけます。そうしながら朝ごはん作って。 ―朝からロックですか? 大体そうですが、ジャズやソウル、ブルース、アンビエント、なんでもござれです。まず目が覚めたら何を聴くか考えます。洋服みたいな感じでその時の気分です。朝ごはんを食べて、準備して、家出るまでずっとかかってます。 ―そして会社に来てからもまたレコードですか? そうですが、仕事モードになると聞き方が違います。音に集中して聞く聞き方です。家ではBGM的に聞き流すことが多いです。うちにはテレビはないし、オーディオだけ置いてあるって感じです。 ―テレビがなくても奥様は問題なしですか?オリンピックとかどうするのでしょうか? 問題ないみたいです。オリンピックはネットニュースを見るくらいで(十分でしょう)(笑)。 ―映像のライブ感(生中継)にはあまり必要を感じられないのですか? まぁ、見てもいいですけどね。どっちでもいいかなって感じです。とにかく中学生くらいから入ってくるもの(お金)は全部レコードに使って、バカみたいに聞いてきました。 ―今もなおですか? 今も小遣いは全部レコードです。 ―ジャケ買いもされますか? たまにしますね。でもジャケ買いで当たった事はほぼ無いです(笑)。 ―同じレコードを何枚も買われることはありますか? それはあんまり無いですね。状態が悪くて買い直すことはありますが、基本はオリジナル盤が1枚あればOKです。アメリカのミュージシャンだったらアメリカのオリジナル盤って感じです。あまり*マトリクスとかは意識していません。 音楽之友社 視聴ルームの機材。 『合う音楽が流れていたら、ラジカセでも良いんです』 ―仕事をされる前と今とでは音楽の嗜好は変わりましたか? いや基本は変わってないです。環境から不意打ち的に、クラシックでいいなぁと思う事もあるのですが、核となるものは子供の頃から変わらないですね。 ―プライベートでオーディオ機器自体も買い替えたりされるのですか? 故障した場合とか、これは面白い!と思うものに出会うと買います。 ―ではハイレゾについてはどうですか? 僕が聞く音楽が60年代から70年代くらいのものなので、当時のマスターテープはもちろんアナログでした。それらの音源を無理やりデジタル化してハイレゾにしても違和感があるんですよね。最新の音源を聞くんだったらハイレゾはいいと思います。だから自分にはほぼ必要ないんです。デジタルだったらCDが気楽に扱えるのでCDでいいかなという感じです。基本的にパッケージものが好きなんで。メディアの形態がどうであっても、自分の好きな音を自分で探すというのは本当に面白いですよ。そうすることでどんどん音楽に入り込んでいくんで。その多様性、選択肢がオーディオの面白さでもあります。 ―カセットができたから、CDができたからといった様に、聞けるオーディオ環境が変わったから、音楽も変わってきたと言えるでしょうか? それは間違いなくあるでしょうね。でも正直、僕にとって、進化して音が細かく聞こえるようになった、とかいうのはどうでもいいんです。別にラジカセでもいい音楽というか、それに合う音楽が流れていたら良いわけで。今、そういう時代に入ってきているんじゃないでしょうか。音楽ってやっぱりグルーヴじゃないですか。 ―SpotifyとかAmazon musicのような最近の音楽配信サービスについてどう思われますか? 僕も結構利用していますよ。移動中なんかにも聞いて、これは!みたいな楽曲に出会うとレコード探します。自分が知らなかった音楽を(自分の嗜好傾向から)教えてくれるし。別にアナログ原理主義者でもなんでもないですから(笑)。味見みたいなもんです。ツールとして使いようだと思っています。 『一度オーディオを辞めていた人が戻ってきている』 ―「stereo」誌に10年間いらっしゃってみて、読者のニーズが変わりましたか? オーディオ業界は斜陽産業だと言われてきてますが、実は、最近「stereo」は上がってきてるんです。一度オーディオを辞めた人がまた戻ってきているという現象が起きてます。 ―まだまだレコードもいけるという認識でしょうか? 全然いけるんじゃないでしょうか。いくらでもやることがあると思います。音楽を聴く人がいなくなることは絶対ないと思うので、つまりオーディオもなくなる事は絶対ないので。 ―生のライブ演奏にはよく行かれるのですか? 最近は積極的には行かないかもしれません。ライブハウスの**PAから出てくる音というのもやっぱりオーディオじゃないですか。でもああいう所の音ってなんか疲れるんです。過剰なコンプレッサーは、音楽をジャンクフードにします。音楽を聞いて癒されたいのにしんどくなるのはどうも。(音量の)刺激は僕には必要ないんで。若い時はいいんですがね、30歳を過ぎるともういいかなって感じです(笑)。今は音楽の聞き方にも選択肢が多いし、どれも否定はしないです。ただ無料で聞いている若い人たちが多いけど、ちゃんと吟味してお金だして聞いてほしいと思います。YouTubeとかで聞いた気になっているのかもしれませんが、やっぱり、お金を払ってレコードなり、CDなり、ハイレゾなりで、自らのリスクを背負ってちゃんと聞いて欲しいです。ただ聴きで評価しちゃダメです。 ―吉野編集長からJICOはどんな風に見えているでしょうか? 今までは交換針を供給してくれている工場というイメージでした。これからはひとつのブランドとして育っていく可能性を感じます。JICOにしか出来ない事があると思います。 ―ありがとうございます。責任を感じます。ではお気に入りの1枚を紹介して下さい。 やはりこれです。グレイトフル・デッドの「Aoxomoxoa」。 https://youtu.be/Mpk-9pHQ-po *ここではマトリクス番号のことを指す。レコード盤を製造する際につけられる金型番号のこと。 **Public Addressの略で、音響機器のこと。マイク・アンプ・スピーカーなど、機器全般をまとめて指す。 インタビュー後記 無類のレコード好きである若き編集長は、オーディオと音楽の間に架け橋を築くという野望を燃やす情熱家でもあります。その語り口は至ってソフトですが地に足がついた現実主義者でもあると感じました。プライベートでのレコードコレクター活動も含め、「自分のやりたい事をやらせて貰ってるんで家内には感謝してます。」と話す横顔に「音楽のもののふ」の様な相貌を垣間見た気がしました。 吉野俊介 (よしの・しゅんすけ) 音楽之友社月刊ステレオ編集長。1985年生まれ。親の影響から幼少期から大型スピーカーやレコードがある環境で育つ。中学生からバンド活動とレコード蒐集に目覚め、3度のメシよりレコードという生活を送り今に至る。月刊ステレオには、大卒後の10年前にアルバイトで入社。好きなレコードが、最高の音で聴けるという天職に就く。ジェリー・ガルシアを信奉している。 ...

蓄音機のはなし

当社本社のある兵庫県浜坂は、1800年頃に縫い針産業が興り、1870年ごろには日本国内で最も盛んな地域として有名でした。当社も1873年(明治6年)この縫い針の生産で創業しています。しかし、1910年ごろ(明治時代末期)には、その生産数は激減していきました。 そんな中、幸運にも明治10年(1877年)にエジソンが蓄音機を発明しました。翌年には日本にも紹介され、1909年(明治42年)日米蓄音器製造株式会社が日本初の円盤レコードと円盤式蓄音機の製造をはじめました。円盤型レコードをトレースするのは鋼鉄針です。縫い針生産で行き詰まっていた浜坂製針業界は、この鋼鉄針の生産に取り組みます。やがて日本一の生産地となり、戦前には国内のみならず海外40か国に輸出していました。 全く未知の蓄音機針の生産に挑戦するということは並大抵なことではなかったと思われ、その苦労が偲ばれます。レコードの針にも、太い針、柔らかい針、先端を潰したような針、メッキを施した針など多くのものがあり、それぞれ違う音を聴くことができます。鋼鉄針は、LPレコード用のダイヤモンド針に比べて柔らかく、すぐに摩耗してしまいます。音溝の中で針が摩耗すれば徐々に盤面に近づき、ついには音溝の底をガリガリと削ってしまいます。柔らかい針では1面演奏するたびに1本の割合で針の交換が必要です。 初期の蓄音機のホーンは、ラッパ型で筐体の外付けになっていますが、時代が進むにつれ筐体の中に組み込まれるようになりました。その素材は、木質や金属、紙、陶製など様々なものが使用さています。動力はゼンマイ式で、全く電気は使用しないので、ボリューム調節もできませんが、後期には電動蓄音機(電蓄)も登場しています。蓄音機は、レコード針で音溝をトレースする際、針が左右に振れます。その振動がサウンドボックスに伝わり、*雲母(初期)、**ジュラルミンなどの***ダイヤフラム(振動板)の振幅によって空気振動、音波としてホーンを通じて機外に出ています。このサウンドボックスは蓄音機の心臓部とも言われる部分です。 当社では、3か月に一度蓄音機の試聴会を行っており、2019年6月に25回目を行いました。会場はJR浜坂駅前の「まち歩き案内所」という蔵を改造した会場で毎回30人~40人の参加者です。参加者の皆さんは、遠い記憶でしかなかった蓄音機の音によって、聴いている曲と昔の思い出があいまって浮かび上がり、心豊かに会場を後にされています。現存する国産の蓄音機は製造後概ね90年前後経過していると思いますが、世の中には90年たっても人の心を動かすことができるものってそう多くはないと思います。アナログ音楽の原点である蓄音機をこれからも大切にしていきたいです。 *鉱物の一種、マイカとも呼ばれる。**強度に優れたアルミ合金。***針の振動を空気の振動に変換し、音波を放射する役目を担う。 ...

アナログレコードを愛する人々 第3回 家具工房アクロージュファニチャー代表 岸邦明氏

『材によって音は変わる』 ―早速なのですが、そこに置いてあるターンテーブルは商品ですか? これは今日納品分なんですが、お客さんがお持ちのベースを作り直したんです。 ―壊れたわけでもないのに作り変えるのですか? 音が全然違ってくる様です。 ―ちなみに材は何ですか? これはメープルですね。ここで二枚を接(は)ぎ合わせています。一枚板で出来ない事もないのですが、100mmを超えて製材するって事が基本的にないんです。もしそれをやろうとすると乾燥に相当年月がかかります。もちろん、人工乾燥炉に入れたりとか出来なくは無いんですけどね。(特注サイズをやり始めると)10年位の単位で材料を用意していかなきゃならないんでね。このターンテーブルの元の材料はアッシュの滅茶苦茶目が粗い材でした。 ―メープルを選ぶにあたってはお客様と色々相談されるのですか? メープルは実際*インシュレーターとして採用実績がありますので。材を変えると音が変わるのは分かっていたんですよ。僕は一通り材料を試してきたので、どんな音がするのか推測できます。だからお客さんの持っているオーディオ機器と、その人の目指す音をお聞きして、これがいいんじゃないですかと提案してます。例えば真逆な音がする材と両方持って行って、実際聞いて頂くと納得して下さいます。 アクロージュファニチャー定番商品の椅子。ロゴのモチーフとなっている。 ―社長もレコード世代ですか? いや、どっちかと言うとラジカセ、ウォークマンの世代でしたが、中学生くらいまではLPを聞いてました。世間と同じでLPからカセットテープ、そしてCDへと変わり、LPは聞かなくなりましたね。そこから30年くらい全然聞いて無かったんです。 ―社長は一日の中でどんな風に音楽と関わっていますか? 仕事をしながらBGM的に音楽を聞くことが多いです。CDでJazzが多いですね普段は。作業場のスタッフはラジオを流してますけどね(笑)。 『経験が積み重ねられるものを』 ―この鳥居の様なロゴは起業の頃から使われているのですか? 最初から使っています。 そもそもは「アクロージュファニチャー」のAと定番でやってるこの椅子を正面から見たデザインなんです。でも見る人は殆ど鳥居だって言ってます(笑)。木工ってね、昔に遡れば、そういう神社仏閣と無縁じゃない職業なんでね。 ―営業は社長がされるのでしょうか? 僕は十年以上やってきて、この仕事では営業をやった事がないんです。音楽之友社さんがそばにあるってのも、越して来て分かってて、エンクロージャーも何度も作ってきてて凄く喜ばれていたから、木工の技術がオーディオ製品に活かせればというのがありました。レーザーターンテーブルという製品の木部をうちがずっと作って来たし。だからそろそろ営業もしなきゃなと思ってたら、音楽之友社さんから無垢材でスピーカーを作れないかという話が来たんです。僕の中では作れない理由が見つからない。結局1セット10万円というものを出しました。音楽之友社として初めての高価格帯商品だった様で、それが売れたし好評だったんです。正直儲からないですが、今、次のモデルの開発手記を連載させて頂いていて、それをそのまま自分のブログに掲載する許可を貰ってるんです。それが何よりの財産になるかなってところです。 ―話が遡りますが、十数年前に木工の仕事を始めたきっかけは何だったのですか? この仕事の前は、親父の借金を返すために問屋業をしていたのですが、5年足らずで返せちゃったんですよ。両親にもちょっと貯金も渡せました。その時自分は28歳で、手元に1千万円の貯金も出来たんです。そのうちAmazonみたいな世界が来て、問屋業は永続きしないなと思ってたんです。だからセレクトショップみたいなものをするか、メーカーになるかどっちかだなと考えました。僕も商材を30種類くらい手掛けましたが、売れたのは所詮1個なんです。モノを売るって結構大変なんだなと痛感してましたので、モノが売れるサイクルの中でこの先30~40年間も俺はヒット商品を出し続けられるのかなといえば、それもしんどいなと思ったんです。で、モノづくりってなった時に、家の中にあって必ず無くならないもので、経験が積み重ねられるものでと考えました。その中から時間をかけて家具に絞ったんです。木工は何となく自分でも出来るかなという感覚があったんです。 店内の様子。木製スピーカーなども販売されている。 『知識を身に付けるため80,000kmの旅に出る』 ―どこかに弟子に入られたりしたのでしょうか? 30歳を回ってから職業訓練校に行きました。28歳で事業を親に引継ぎ、自分は木工の道に行こうと決めて、でも10代からやってる人たちに勝てないじゃないですか。いやどうするかなとなって、人並みかもしれないけど、何より知識が重要だろうと思いました。そこで見聞や情報を身につけるため3年くらいかけて海外を回ったんです。バックパッカーではなくて。当時はまだネットとかもないんで、やっぱ正しい情報というのは本なんですよね。(バックパッカーだと)本を沢山持って行くっていうのも出来ないから、車がいいな、それもキャンピングカーだって辿りついたんです。キャンピングカーっていっても買うだけでも大変じゃないですか。それで更に調べているうちに日本のキャンピングカーが海外にまだ出た事がないのが判ったんです。そこで欧米30ヶ国を国産のキャンピングカーで回るという企画書を作って、キャンピングカー専門月刊誌に持っていきました。すると「面白いね」と言ってくれて、毎月4ページの連載を頂いたんです。今度はキャンピングカーメーカーに車両を借りるべく持ち込んだら、大阪の会社が1社採用してくれました。ヨーロッパから北米、ニュージーランド、オーストラリアと二年かけて回りました。 ―全走行距離はどれくらいですか? 80,000km位ですかね。執筆しながらの旅です。 『あなたの思いをかたちにします』 ―この先の事業の展開はどんな風に考えてらっしゃるのですか? 本来なら作家みたいに自分が作りたいものを作って、それを欲しい人が買ってくれたらそれが一番いいんですが、そんなに自己表現に執着していないんです。どちらかと言ったら顧客満足の方が強いんです。お客さんが本当に欲しいものを突き詰めて作っていく方向に舵を切ろう思っていて、僕の社是みたいなものが「あなたの思いをかたちにします」なんです。誰にも負けないフルオーダーメイドの家具を作ろうというのをひたすらやってきています。今僕は丸太で材木を買ってきて製材所に頼んで挽いて貰って、3、4年かけて乾燥させたもので作ってます。一つの家具は一つの丸太からっていうのはほとんどどこもやってないです。東京都内で丸太から家具を作ってるところはうちだけなんです。そこをまず突き詰めてるんですけど、採算が取れるとは限らないです。なぜかと言えば無茶苦茶時間がかかるので。だから木工教室を始めました。今生徒さんが200人います。 ―どんな方が通われているのですか? 男女比は同じくらいで、年齢は本当にバラバラです。長野から通われている方もいますね。木工教室の質と規模としては日本一だと思っています。プロの世界の方がもう機械でしか作らない時代になってきてるんです。個人はそういう機械を持てないから、逆に手の技術が伸びたりするんです。 ―生徒さんの作品を手伝ったりするのですか? 前は手伝っていましたが、今はなるべく自分でやれる様にしています。手を貸しちゃうと「先生に最後手伝って貰っちゃったな」というマイナスな想い出が残るんです。レベルはともかくとして生徒さん自身が作り上げた方がやっぱり満足感があるというのが十数年やって学んだことです。 『無茶苦茶「とことん」みたいです』 ―フルオーダー家具というのは高価だし、そうそう買い替えないものなので、お客様が値段に納得し、満足してもらう為の社長ならではのやり方はありますか? うちに来られるお客さんって、ここに来るまでにほとんどの家具屋さんを回ってるんですね。よそで満足できなかった自分の想いが形にならなくて、それでも諦めずに探し続けたら、うちみたいな存在を発見して、藁にもすがる気持ちで来られる方が多いんです。あちこちで修理やオーダーメイドを断わられていますからね。でもブランド力が全く無いこの僕に、50万円、100万円預けていいのかってとこですよね。形があればいいけど、最初は何も無いですから。せいぜいあって図面ですよ。僕は一般的な努力は勿論しますよ。ニーズを知る為にお客さんの話をとことん聞いたりとかはね。でもその「とことん」が無茶苦茶とことんみたいですね。それは納品時に言われますね。「家の中の全ての家具を見て、こんなにとことん向き合ってくれた人はいない」って。だから現場には必ず行きます。 https://youtu.be/J-L8U_Rr2IU *オーディオ機器の下に敷く振動吸収材 インタビュー後記 ドラマの様な半生に驚きました。人生の岐路に立つ度にいつも無茶苦茶考えて、納得して選んで人生を歩まれている前向きな姿勢には、いい加減な自分が恥ずかしくもなりました。徹底的な顧客満足の追求こそが小さなメーカーの生きる道と信じて実現し、実績をあげられている事実に刺激を受けました。(こう書くと嫌がられそうですが)私がこれまで会った中で確実に3本の指に入る外見も内面も「イケメン」だと太鼓判を押します。そしていつか家具をオーダーしたいと思いながら神楽坂を後にした次第です。 家具工房 アクロージュファニチャー代表 岸 邦明(きし・くにあき) 大学卒業後、物販の仕事を行う。制作に携わらず、本当に良いものか確信を持てないまま販売することに満足することができず、制作から販売まで責任を持って行える仕事を探す。木工から家具に興味を持ち、28歳のとき、家具工房を生業にすることを志す。29歳から31歳の3年間、約20カ国をモーターホームで巡り、歴史ある国々の生活様式や文化財に触れ、どのような家具を制作していくべきかを学び、感性を高める。32歳で家具制作の訓練校に通い始めてからは木工に全力の日々。少しでも良い物を作りたいとチャレンジし続け、現在に至る。「しっかりした物を作りたい」「お客様の望みを叶えてあげたい」が今も変わらない一番の目標。 家具工房アクロージュファニチャー http://www.acroge-furniture.com ...

アナログレコードを愛する人々 第2回 田中伊佐資氏

オーディオ誌「Stereo」や「Analog」に連載を執筆中の人気フリーライター田中氏に自身の音楽との関わりや変遷についてインタビューしました。 ―音楽と出会ったきっかけは何ですか? 小学校の頃のラジオ番組ですね。洋楽の番組を熱心に聴いていました。なぜ歌謡曲ではなく洋楽なのかというと、「俺はこんなの聴いてるぜ」と友達にかっこつけたかったからです。でも、長続きしているということは、歌詞の意味もわからないけれど、どこかで好きだったんでしょうね。 うちは両親が音楽好きとかではなかったので、オーディオシステムなんてありませんでした。雑誌に付いてくるソノシート聴くための、ただ音が出るポータブルプレーヤーがあっただけなんです。そのうちヒット曲のレコードが欲しくなるわけですが、ターンテーブルが小さいのでシングル盤しか聴けないんですよ。 すると、ある日友達が「上蓋を開けたままにすればLPもかかるよ」と教えてくれたんです。レコードがプレーヤーからはみ出すんですけど、確かにいける。お小遣いをせっせと貯めてLPを買いました。初LPはビートルズの「オールディーズ*」でしたね。音が出た時にはすごくうれしかった。これからLPも聴けるぞみたいな感じで。 その後、そのポータブルプレーヤーのちゃちなスピーカーを変えました。ユニットを買い、箱を自作しました。その時の音を出した感動はすごかったです。もちろん今聴いたら全然いい音ではないでしょう。しかし、音楽を聴く喜びが無限大に広がっていくような感覚がありました。それが僕のオーディオにのめり込む原点になりました。 田中氏のオーディオルーム ―音楽の世界で生きていこうと思われたのはいつ頃ですか? それはずっと後年です。 雑誌が好きだったので、大学の頃から編集者になりたかったんです。ただ自分で文章を書こうという気はまったくありませんでした。最初は就職情報誌の編集部で仕事をしていました。音楽とは関係のない仕事です。 ある日、高校時代から読んでいた雑誌「Swing Journal」を見ていたら「編集者募集」と載っていたんですね。入社したいというよりもどんな会社なのか見たくなって、応募してみたんです。そしたら受かってしまったので、悩みましたけど、転職することにしました。 そこから音楽は、純粋な趣味ではなく仕事にもなりました。 就職情報誌の会社にいた時はちょうどバブル期に当たり、ものすごい残業をしていたんです。その残業代を使うような大した趣味がなくて、なかなか高額なオーディオを思い切って買ってしまったんです。 その後、「Swing Journal」をやめてフリーになったのですが、その時にも文章を書こうという気はなく、フリーの編集者になろうという気持ちでした。でも、フリーの編集の仕事ってそんなにないんですよ。そうこうしているうちに、面識があった「音楽之友社」や「音元出版」の編集者から「田中さん、辞めたんだってね。何か書いてみない?」という誘いがあったんです。そこで少し書いてみたら、じゃあ次もよろしく、という感じで仕事がつながっていった。その成れの果てが、この有様です(笑) ―話は変わりますが、MCカートリッジではなくMMカートリッジがお好きなようですが、それはなぜですか? 高級なMCも持っていて、使っていたこともあります。 でもMMの鳴りっぷりが好きなんです。オーディオ・シーンにおいてはMMよりMCの方が上級と位置づけられていますし、僕はそれを盲信していた時期がありましたが、ようやく自分の音に確信が持てるようになったということですね。高額であればあるほど音が良くなるみたいなことはないと思います。オーディオってそんな簡単でわかりやすい趣味ではないですよ。 ―以前当社の工場にいらした時に、「いろいろと試したが結局**44に戻ってきた」とおっしゃっていたのが印象的に残っています。 そういう人、少なくないですよ。MCは微小な情報を丁寧に扱って、後から出力を大きくする。一方、MMは初めからパンチ力がある。それは往々にして粗削りなMM的側面があるかもしれませんが、その後のオーディオシステムで磨いてあげる。自分の生理的な感覚に照らし合わせるとMMの方が合っているように思っています。 ―私は田中さんと知り合って、N44-7の良さを再発見することができました。 僕よりも遥かに音楽通の方が、「恥ずかしいんだけど、いまだに44なんだよね」とおっしゃっていたので、「もっと堂々としてくださいよ」と活を入れました(笑)。「人に『まだMC使ってるの』くらいのことを言ってやってください」と。 ―ハイエンド=MCというイメージが確立されているような気がします。 MCは高いものが多いですからね。問題なのはそのハイエンドの音が自分の志向に合っているかどうかです。原音を忠実に再生しようとすることをHi-Fiと呼ばれていますが、自分が良ければそれでいい、自分の好みに忠実であろうとすることを僕は「My-Fi」と呼んでいます。人がなんて言おうとノイジーなLo-fiがしっくりくれば、それでいいという考えです。MMカートリッジは僕にとって「My-Fi」の象徴です。 少し話が変わりますが、モノラル盤専用のヴィンテージオーディオでも僕は音楽を聴いています。ヴィンテージのシステムから出る、こちらのハートの中に土足で入ってくるようなスピード感やパワー感は、Hi-FiだとかMy-Fiだとか言っている場合じゃないほど強烈です。理屈抜きのエネルギーを感じます。 この頃のレコード針というのは、やはりMMです。この当時の音の雰囲気を現代的なオーディオでも再生したいな、という気持ちは少なからずありますね。後ろ向きな考え方のようにも聞こえますが、なんでもありなのがMy-Fiです。 ヴィンテージのモノラルプレーヤー。かなりのレア物。 ―ところでCDもたくさんお持ちですが、 CDで音楽を聴かれることもあるのですか? 仕事では聴きますが、個人的な趣味としてはあまり聴かないです。といってもCDが出てきてから長らくは、レコードは休止してCDをメインに聴いていました。レコード一筋何十年みたいな人はざらにいるわけで、僕はこうしてレコードについてもっともらしく語る資格なんてないんですけどね(笑)。 ―8トラックや4トラックのテープもお持ちなのですね。 これは最近集めたものです。アナログという意味では、レコードと同一線上にありますけど、やはり音は全然違います。8トラックの音は、いなたいというか、田舎くさいんですよ。Lo-Fiの極みですね。ただ、それがハマる音楽もあるんですよ。スワンプなロックとか、80年代ロックとか・・・"Journey***"とかいいですよね。8トラックはアメリカの音楽が合いますよね。 懐かしい8トラック(通称8トラ)の数々 ―CDとレコードはそれぞれどういった良さがあると感じますか? レコードの方が、いい音を出すのが大変だと思います。同じ予算でレコードとCDのシステムを組んだら、CDの方がいい音が出ますよ。さらに選曲とか機能的ですし、ずっと流していても自然に止まるし。しかし、自分の肌に合った音を求めて一歩踏み込もうとすると、レコードのほうがいじり甲斐がありますね。 趣味として考えた時に、レコードには大きなジャケットがあったり、中古盤の個体差があったり、プレスしている国や時期が異なると音が違ったりと、煩わしく感じる方もいると思うのですが、僕はそういうのが面白いなと思っています。 レコードの音の微妙な違いを楽しむことと、MMの針を取り替えて聴く面白さには共通する部分があります。 ―機材の違いを聴き比べる時に、どういった音楽で比較されるのですか? 聴く機材にもよるんですが、ビートルズの"アビイ・ロード"のB面に収録されている"Sun King"はわりと使います。この曲には虫の声が入っているのですが、それが右から左のチャンネルに動いていくんですよ。いい音が出ている時は、スピーカーの後ろに虫がいるように聴こえますね。 それに加えて、その曲にはヘビーな低音や強めのドラムのキックが入っているのですが、そういった低音の質感を気にしますね。その後に、メンバー全員のコーラスが入るんですよ。そのハーモニーの広がり感と音色をチェックしますね。 それからもっと一般的なチェックのポイントは、演奏に躍動感があるか、前に出てきてこちらに訴えかけてくるような感じがあるか、といった辺りですかね。なかなかうまく言えないのですが、最高なのは、スピーカーからはみ出てくるような音ですね。「最高の時はスピーカーの存在が消える」と言う方がいます。自分の目の前のスピーカーが消えて、後ろの壁が抜けてしまったように感じることです。要するにサウンドステージが出来上がっている状態です。僕が言っているのはそういう感じでもなくて、スピーカーに収まりきらないような音がドクドクと噴出している感覚です。スピーカーが120%フル回転しているような。それが僕にとっての「いい音」ですね。 機材のチェックをする時にはそういう音が出ているかどうか確認しますけど、やはり簡単には出ないですね。そういう音の片鱗が見えれば、セッティングなどの調整次第でもっといい音になる予感はあります。 The Beatles "Sun King" https://youtu.be/6bNMxWGHlTI (出典:youtube) ―最後の質問です。あなたにとってのアナログレコードとは何ですか? https://www.youtube.com/watch?v=PZryQqUQSl4&t=3s 2019年5月に発売された田中伊佐資氏の著書「ジャズと喫茶とオーディオ」好評発売中。 田中伊佐資著「ジャズと喫茶とオーディオ」出版:音楽之友社https://www.amazon.co.jp/dp/4276962927/ref=cm_sw_r_tw_dp_U_x_b8zjDbP8NJG53 * 「オールディーズ」(A Collection Of Beatles Oldies)  ビートルズのベストアルバム。 ** SHURE M44シリーズのカートリッジのこと。 *** アメリカのロック・バンド。 田中伊佐資氏インタビュー後記 少し蒸し暑い取材当日、田中さんはわざわざ最寄り駅まで車で迎えに来てくださいました。10分ほど走り、閑静な住宅街の中で先生は突然、「ここです。着きました」と。 立派な門扉と手入れが行き届いたお庭に圧倒されつつ二階に案内していただくと、誌面等で見覚えのあるオーディオルームが!やっぱり凄い!現物はまるで違いました。私がまず反応したのは1950年代のモノラルプレーヤー。田中さんは「そこに食いつきますか!」とひとしきりモノラルについて語られ、その後取材へ。仕事なのか鑑賞会なのかわからなくなるようなワクワクする時間を過ごさせていただきました。田中さんのレコード愛に触れ、"My-Fi"についてのお話には強く共感いたしました。 取材を終えた帰路の途中で、キャスターカバンを忘れたことに気づき慌てて戻ろうとすると、自転車に載せて追いかけて来られて「大事なものを持って来ました(笑)」と・・・。そのお人柄にも触れられ、幸せな気持ちになれた取材でした。 田中伊佐資(たなか・いさし) 東京都生まれ。音楽雑誌の編集者を経てフリーライターに。現在「ステレオ」「オーディオアクセサリー」「analog」などに連載を執筆中。この5月に「ジャズと喫茶とオーディオ」(音楽之友社)を刊行。ほか『音の見える部屋 オーディオと在る人』(同)、『オーディオそしてレコード ずるずるベッタリ、その物欲記』(同)、『僕が選んだ「いい音ジャズ」201枚』(DU BOOKS)、『オーディオ風土記』(同)、監修作に『新宿ピットインの50年』(河出書房新社)などがある。ツイッターは「田中伊佐資」で検索。 ...

アナログオーディオフェア2019 レポート

2019年5月19日、20日の2日間で開催された「アナログオーディオフェア 2019」 でのイベント『連載ビィ二ジャン出張針交換で拡がるMMカートリッジの宇宙』で田中伊佐資氏よりこの秋〜冬に 発売予定の新製品をご紹介いただきました。 通常アルミニウムで作られるカンチレバーになんと木材(!)を採用した逸品です。今までになかった音を奏でてくれます。 田中氏と音楽之友社 編集長 吉野氏の愉快なトークに導かれ、様々なジャンルのレコードで聴き比べ、さらにカンチレバー素材の異なる当社のレコード針とも比較していただきました。 当初は予定になかったにもかかわらず、会場にいた当社の事業部長 仲川や製造マネージャー 奥を会場のみなさんに紹介してくださり、製品についてお二人と一緒に説明させていただきました。 会場のみなさんにはどの音がお好みか挙手をしていただき、私たちメーカーにとってはとても貴重な機会となりました。 当日の様子は6月19日(水)発売の「Stereo」7月号(音楽之友社)で取り上げていただいています。 黒柿を採用したWood Carving Cantilever商品の発売をお楽しみに!! ...